rouge
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# by tam-gokochi | 2011-05-31 00:29 | 庭・植物
距離感
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つかず はなれず

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# by tam-gokochi | 2011-05-24 22:45 | スポーツ
ソラマメ
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ふかふかの布団に包まった空豆。
気持ちよさそうに見えて、そこから出すのをちょっとためらう。
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# by tam-gokochi | 2011-05-21 00:27 | 季節
5月8日に
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ありがとう を ありがとう

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# by tam-gokochi | 2011-05-09 22:33
3/12
ほとんど眠れないまま朝を迎える。
時計を確認すると5時。外はまだ薄暗い。
避難している小学校の体育館の入り口では、
町内の防災担当の方々が寝ずにストーブの番をしてくれていた。
発電機につないだテレビからは信じがたい映像が次々に流れてくる。
これは、夢なんじゃないだろうか?何度そう思ったことか。

小さくまるまって寝ている子供たちを起こさないように
そっと毛布を抜け出し、自宅へ向かった。
もっと暖かい布団と食べられそうな食料をもって来なければ。
外は刺すような冷たい空気。救急車と消防車のサイレンが鳴り響いていた。

驚いたことに自宅のポストには朝刊が届いていた。
この状況で?!情報から遮断されていたので、新聞から得られる情報がありがたかった。
とりあえず新聞をかばんに突っ込み、充電切れの携帯電話を車のシガーソケットにつないで充電し
その間に自宅から必要な物をかばんに次々と放り込んだ。
昨日はあわてて出てきたので、電気のブレーカーを下げ忘れている。
すべてのブレーカーを下げ自宅を後に再び避難所へ戻る。

新聞を読み被害の大きさを知る。目を覆いたくなるような内容。
新聞を読んでいると、数人の方から「どこかで配っていたの?」と聞かれる。
「自宅に戻ったら配達されていた」と伝えると、驚いていた。
みんな情報が欲しいのだ。一通り読み終えた後、良かったらどうぞと渡す。
皆、険しい表情で記事を読んでいた。
どうやら、他社の紙面は届いていないようだ。
こういう時、地元紙は強い。

徐々にざわめきだつ体育館。
子供たちも起床し始め、にぎやかになってくる。
全く送信できなかった携帯の電波が若干復旧したようだった。
昨日、心配して連絡をくれた友人たちにとりあえずの無事の報告メールを送る。
そうこうしてしているうちに、朝食の配給が始まった。
夕べと同じアルファ米、一人1パック。
食べ盛りの子供たちにはそれだけでは足りない。
自分の分を子供たちに食べるように渡す。
食べないと体がもたないのは分かっているが、どうにもご飯が喉を通らないのだ。

こんな状況で店舗が営業してるか分からないが、お腹を空かせた子供たちのためには
何とかもっと食料を調達しなければ。
近所にはドラックストアとスーパー、コンビニがある。
何でもいい。口に入る物があれば。
そんな思いで子供と一緒に買出しに出ることにした。

コンビニは夕べまでで店の在庫がなくなったようで、入り口は閉じたままだった。
ありがたいことに、ドラッグストアとスーパーは店頭で在庫限りの販売をしてくれていた。
どちらもすでに長い行列ができていて、買うまでにかなりの時間がかかりそうなのは一目でわかる。
列が若干短く見えたドラッグストアへ並ぶ。
商品を手にするまでに2時間半ほどかかった。
店先では、いつもの店員さんが三人。一人が商品を読み上げ一人が電卓をたたく。
もう一人はバックヤードから在庫を補充。休んでいる暇などない。
こんな状況にもかかわらず、数日前のチラシに掲載されていた特売価格での会計。
頭が下がる。本当にありがたかった。
お腹にたまりそうなものは、ほぼ売り切れていたが何もないよりはマシ。
お菓子と春雨スープ、栄養補助ゼリーやペットボトルのお茶などを買うことができた。

なんだか、どっと疲れが出てしまった。
夕べはほとんど寝られなかったので、余計にしんどい。
日の高いうちは自宅で過ごすことにした。
幸い自宅はチョロチョロとだが水がでる。
しかし、いつこの水が止まるかも分からない。できる限りの水を汲み置く。
子供たちは、引越しに向けて片付けてしまったトランプやカードゲームを
閉じたダンボールから探し当てて、退屈しのぎをしていた。
依然、電気は止まったままだがNTTの電話回線は使えるはずだ。
繋がるかどうかは分からないが、ダメもとで埼玉の実家へ電話をかけてみた。
なんと。繋がった!
携帯電話は充電の電源の問題もあるが、何より通信状態が最悪であてにならなかった。
この固定電話での実家との連絡が私の精神的な支えになってくれた。

受話器越しの母の声を聞いたとたん、張り詰めていた何かがプツンと切れ
とめどなく涙が流れる。
これ以上に両親を心配させてはいけないと泣いているのを悟られないように
頑張ったが、母はすぐに察したようだった。
「充分頑張ってると思うけれど、もう少し頑張って。子供たちはあなたが頼りなのだから」
と励まされる。
「こんなことが起こるなんて、12月にお父さんと一緒に引越ししていれば良かったね」
と二人で苦笑いして、夕方になったらまた避難所に戻ることを伝え電話を切った。

日が傾き、暗くなる前に避難所へ戻る。
夕べと同じように配給のお手伝いをした。昨日よりも避難してきた人が増えたようだった。
おにぎりの求めて並ぶ列が体育館をぐるりと一周するくらいの勢いだ。
結局、最後尾の方までは、おにぎりの配給が行き届かなかった。
更なる不安を抱えたまま夜は更けて行く。
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# by tam-gokochi | 2011-03-22 22:09
3/11
いつもと同じ穏やかな朝。
天気予報では午後から天気が崩れ、雪になるかもと話していた。
今日はごみ収集の日ではないのに、異様なほどカラスが鳴いているのが気になった。
いつもどおり、子供たちを学校へ送り出して職場へ向かった。

忙しさのピークが過ぎたとろで、私の退職に向けて新しく入社したパートさんに
仕事の引継ぎをしている時だった。
職場で流しているラジオからの【緊急地震速報】。
「大きいのが来ますよ!」という同僚の言葉と同時に、
避難口を確保するために窓と出口の扉を開けに走る。
次の瞬間、ガタガタという揺れがどんどん大きくなり
身を隠すスペースのない建物の中は危険と判断。
スタッフ全員で外へ出る。

激震。
近くの病院が大きく揺れているのが見える。電柱も折れるのではないかと思うほど。
遠くでは建築中の家の瓦がバラバラと落ちていた。
職場の中では蛍光灯がチカチカッと光ってあっという間に消えた。
一瞬収まるのかとも思ったそのとき、ゴゴゴッという音とともに更なる激震がやってきた。
「電柱が倒れるかもしれない!気をつけて!」と上司が叫ぶ。
丸くなって手を繋いだがそれでもたまらず、全員で地面にしゃがみこむ。
地面が割れそうなほどの激しい揺れ。
近所に停車中の車の防犯アラームが鳴り続けている。怖い。
とてもとても長い時間だった。
早く治まって!ただただそう願うしかなかった。

ようやく激しい揺れが収まる。
でも、手足の震えが止まらない。子供たちは大丈夫だろうか?
まだ学校にいてくれれば、多少は安心だ。
息子はまだ学校にいるはず。娘は?
ちょうど下校の時間ではないだろうか?家で一人だったら?
良くないことばかりを考え、不安になる。
ほんの一瞬の隙を突いての通信だったのだろうか。
携帯に夫からの着信とメール、遠くに住んでいる友人や身内からのメールが入っていた。
しかし、今は携帯でも固定電話でも通信することができない。
子供たちを早く迎えに行かなければ。
停電のため、ラジオの電源を乾電池に切り替える。
津波警報が流れている。6メートルとか10メートルとか、信じられない数字が耳に入ってくる。
「これは大変だ・・・」上司の顔が曇る。
ありとあらゆる物が散乱し、めちゃめちゃになった職場をそのままに
皆、家族の元へと急いだ。
どんよりとした気味の悪い黒い雲が空を覆っていた。

通勤に使っている駐車場の大家さんに呼び止められる。
「今、帰るのは危ない」と。
停電で信号が全く機能しておらず道路はパニックになっているらしい。
「子供がいるから帰らない訳に行かない」と告げて車に乗り込む。
運転している間もひっきりなしに余震がやってきて車が大きく揺れる。
ガソリンの残量が少ないのが気になったが、災害時も給油できるスタンドは自宅とは逆方向。
とにかく早く子供たちの元へとそのまま学校へと向かう。
やはり道路は渋滞。いくつかの交差点ではそれぞれに譲り合い、なんとか通過することができた。
自宅近くまで到着すると、親に付き添われて下校する子供たちの姿がある。
どうか無事で。急いで学校へ向かう。

昇降口では先生が教室までの誘導をしてくれていた。
混乱して、わが子の教室に行くには2箇所あるどちらの階段を上ったらよいのかが分からない。
落ち着こう、落ち着こう、と思えば思うほどオタオタしてしまう。
娘の教室に到着。私の顔を見て安心した表情の娘。良かった。
「下校させる前で本当に良かったです」先生も泣きそうだった。
娘と手を繋ぎ、一つ上の階にある息子の教室へ。
息子も同じようにホッとした表情で私の元へやってきた。
二人の手をぎゅっと握り、自宅へ向かった。

家の中はきっと大変な状態だろう、と覚悟をしてドアを開ける。
ところが想像に反して、どの部屋も被害はなく綺麗な状態だった。
荷物の多くを引越しの準備のためにダンボールへつめてしまっていたためか。
食器棚の中で食器が崩れ、扉を開けた時にご飯茶碗が床へ落ちて一枚割れただけ。
あれだけの激震だったにもかかわらず、家具家電は一つも倒れることなく無事だった。

余震が続き、家にいるのは怖い。
またあの激震がやってきたら?怖くて眠ることができないだろう。
特に娘は揺れるたびに怯えている。
外は時折、吹雪のような強い風と横殴りの雪が降っている。寒い。
同じマンションの方から、学校の体育館が開放され避難できると教えていただく。
少しの食料と、毛布を抱えて体育館に避難することにした。
少なくとも家にいるよりは安心だ。

夕方避難した体育館の中は夜には避難してきた地域住民で一杯になっていた。
市役所からは非常用のクラッカーが配られ、
しばらくすると地域で災害用に備蓄しているアルファ米が炊き出しとして配給された。
ありがたい。
少しでも何か手伝えればと、ご飯のパック詰めを友人と一緒に手伝う。
途中でパックが足りなくなり、ならば【おにぎり】にということになったがラップがない。
我が家は学校から近いので、持ってくるよ。と、一旦自宅へ向かう。

外へ出ると、一面の闇。一帯が広範囲で停電しているため本当に真っ暗だ。
電気があることが当たり前になってしまった今、「夜ってこんなに暗いのか」と本来の当たり前のことに驚く。
上を見上げれば、満天の星。
「綺麗だ」と思わずつぶやく。
この非常事態に星が綺麗だなんて言って良いものかとあわてて口をふさいだ。
真っ暗な部屋から手探りでラップを数本取り、学校へと急ぐ。
残りのご飯をラップを使って【おにぎり】にし、今日の食事の配給は終了。

こんな時に限って買いおいている食材が少ない。ガソリンの残量も少なく手持ちの現金も少ない。
おまけに携帯の充電も残りわずか。
そのすべてを今日の夕方に満たそうと思っていたのだから。
携帯電話には友人、身内から次々と安否を心配するメールや着信が入ってくる。
無事を知らせたいが、こちらからの通信はほとんどできない。
いつまで食料がもつだろうか?水は?不安ばかりが募る。

時間だけはいつもと同じように刻々と過ぎてゆく。
深夜、避難所の夜は寒い。本当に寒い。
子供たちと三人で身を寄せ合って毛布に包まっても温まらない。
明日はもっと布団を運ばなければ。
度々やってくる余震に怯え、ほとんど眠れないまま朝を迎えた。
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# by tam-gokochi | 2011-03-21 15:03
ご心配頂いた方々へ
親子とも無事です。本日夕方に避難所から自宅へ戻っています。沢山のメールありがとうございました。通信困難で安否連絡遅れご心配おかけしました。
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# by tam-gokochi | 2011-03-13 21:24
霞色
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# by tam-gokochi | 2011-02-09 23:16 | photo
風景

優しい気持ちになれる歌声。お疲れ気味の心に染みる。



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# by tam-gokochi | 2011-02-08 00:18 | つぶやき
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# by tam-gokochi | 2011-01-20 00:05 | photo